新宿ゴールデン街――。数多の店がひしめく飲食街のとあるスナックに、安倍夜郎先生と新久千映先生が来店! 『深夜食堂』の舞台のモデルとなったその店で、グルメ漫画家同士の豪華対談が実現しました。“おいしい漫画”を長年描き続ける、その極意とは…?
『深夜食堂』がきっかけで『ワカコ酒』は生まれた。
安倍夜郎(以下、安倍):なんで『ワカコ酒』を描こうと思ったんですか?
新久千映(以下、新久):それは『深夜食堂』がきっかけで。
安倍:へえ?
新久:初代の担当編集さんと打ち合わせ中に、『深夜食堂』の各話のサブタイトルが一品メニューの名前になってるのがすごくいいですよね、というお話をして。私はお酒が好きなので軸はお酒、それから主人公は女の子にして。『深夜食堂』がベースというか、出発点だったんです。
安倍:それはありがとうございます(笑)。
新久:担当さんが当時週刊誌をやっていて、「深夜から朝まで開いている、こんな店が本当にあればいいのに」と憧れたみたいで(笑)。私も読ませてもらって、なるほどなぁと。勝手ながら指針にさせてもらっている作品です。
安倍:ありがたいですねぇ。
新久:だから『ワカコ酒』10周年の企画でイラストをご寄稿いただいたうえに(※『ワカコ酒』第⑱巻に収録)、こうして対談できる日が来るなんて…。夢みたいです。
『深夜食堂』はグルメ漫画じゃない。
(カウンターのウイスキーボトルを差しながら)
安倍:これはボクのボトルなんです。古いでしょ。この店には漫画家になる前から通ってます。
新久:CM制作会社にお勤めだったんですよね。誰かに連れられて来たんですか?
安倍:そうです、先輩に連れられて来ました。常連さんなんかもいて…。漫画を描く時に「ここが舞台がいいだろう」って考えたんですよ。お店の間取りというよりは、「人」。グルメ漫画に分類されているけど、僕が描きたいのは「人」なんです。
新久:なるほど!
安倍:そのほうが面白くないですか? ボクは料理であれこれ蘊蓄を言うのが嫌なんですよ(笑)。最初にやった耳かきの漫画(『山本耳かき店』小学館)が早々に行き詰まって、編集の方から「料理か医療ものが雑誌にないから、やってみませんか」と言われ…。医療は難しそうでしょ(笑)、だから料理にしようと思ったんですけど。
新久:へええ~~。
安倍:で、自分がこういう店で何を頼むか考えると、こういうもの(赤ウィンナーやポテトサラダ)を食べてるんですよ。そういうのを描いた作品は、当時なかった。目玉焼きにソースか醤油かって言っているような漫画はなかったんです。
新久:タコさんウィンナーを食べるような漫画ですね。
安倍:実は『深夜食堂』の1話目に出てくるメニューは、最初は普通に切っただけのウィンナーだったんです。
新久:えっ!
安倍:インパクトが弱いと言われたので、タコさんにしました。奇しくもそれで『深夜食堂』が方向づけられたというか。
“おいしい漫画”は最初の1コマ目が重要だ。
安倍:新久先生は、やっぱりワカコさんに似てますね。
新久:主人公の見た目がなかなか決まらなくて、担当さんに「新久さんの自画像のままでいいんじゃないですか」って言われて。最初はもっとリアクションが大きめの、よく喋るような子だったんですけど…。どんどん削ぎ落としていったら、独り言をぶつぶつ言う女の子が出来上がって。それがよかったんですかね(笑)。
安倍:『ワカコ酒』の最初のセリフというかナレーション、あれはどう考えているんですか。毎回、非常につかみがよいと思います。
新久:ありがとうございます。やっぱり1コマ目が重要だと担当さんから重々言われているので、最初のナレーションはすごく考えます。
安倍:ああ、そんな感じがします。ボクもそうなので。最初は大事ですよね。
新久:しっかり大ゴマをとって…。安倍先生もやっぱりそうなんですね。
安倍:はい。『ワカコ酒』では料理を決めてから、飲むお酒を決めますか? 料理とお酒がよく合ってますもんね。
新久:「マリアージュの参考にしてます」とファンレターを頂くんですが、実はあまり考えてないんです(笑)。揚げ物だからビールかな、くらいで。
コロナ禍、グルメ漫画家たちはどうしていた?
安倍:コロナで取材ができなくなって困りませんでした?
新久:困りました。読者さんからお店の写真を募集したんですけど、実際に行ってないので想像で描くしかなくて。コロナが流行り出した頃は、飲みに行きたいな~っていう自分の思いが前面に出た話が多くなりました。「珍しいものを食べなくても、時々お店に寄って飲める、いつもの日常がそこにあればいい」とワカコが考えていたりとか。(※『ワカコ酒』第⑮巻 366夜)
安倍:ボク、コロナに罹ったんですよ。で、11か月(連載を)休んでたんです。だから今度は描かなきゃいられなくなって(笑)。
新久:ご快復されて何よりです…!
安倍:『深夜食堂』でもマスターやお客さんにマスクをつけさせました。ボクの場合は避けては通れなかったんですね。『ワカコ酒』はどうだったんですか?
新久:あえて消しています。消毒用のアルコールの瓶なんかも極力描かないようにして。コロナが存在しない世界のままにしてました。
安倍:『深夜食堂』では、マスターの店の営業時間も現実に合わせて変えてましたけど、規制されたり緩和されたり、振り幅が大きくて今はやめてます。
新久:こういう状況じゃないと生まれなかった話も、もちろんあります。今はもう次のステップにきている感じはしますね。
「とリあえず1ページ描くんだよ」
新久:『深夜食堂』のマスター、初期の頃はお客さんカップルをやっかんだりもしてましたけど、だんだん達観した人になってる気がします。
安倍:僕が歳をとってしまったからじゃないですか(笑)。ワカコさんも作中で歳はとらないんですか?
新久:内面はだんだんとってます。やっぱり描いてる人間が歳を重ねると。
安倍:落ち着いてきますよね。ボク、41歳で漫画家になったんですよ。なりたくてなれなかったの、ずっと。でも社会人だったから、今の漫画が描けるんだと思うんです。高校を出てすぐ漫画家になった人には、たぶん描けないんじゃないかな。
新久:ちょっとした苦味というか、えぐみというか。大人の漫画ですもんね。
安倍:今年還暦になりましてね。漫画家生活19年目になります。
新久:長く続けるためには…。
安倍:どうすればいいんでしょうね。
新久:どうしたらいいんでしょう(笑)。これからのことはお考えになりますか?
安倍:『深夜食堂』の新しい話を描くのでもう精一杯で、先々の展望はないですね。次の回どうしようって。
新久:一緒です。取材に行かなきゃな~って。20年近くも連載されていて、ネタが尽きることはありませんか?
安倍:ありますね。「ああ、これ前にやってる」って禁じ手がどんどん増えていく。ほんと、どうしようかと思ってます。毎回毎回。
新久:でも全然そんな感じがしないです、読んでて。
安倍:描けなくなってからが勝負だと思うんです、漫画家は。ネタがなくなってからが勝負。先輩の漫画家も「とりあえず1ページ描くんだよ」と言ってました。そうすりゃなんとかなるって(笑)。
新久:確かにその通りですね(笑)。
初出:月刊コミックゼノン2023年4月号
●対談場所:スナック「レカン」
『深夜食堂』の舞台のモデルとなったお店。電話は現在つながっていないそうなので、ゴールデン街に直接赴いてこの看板を探してみてください。
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